私が高校生だった頃、母が占いに凝りあちこちで占ってもらっていた様でした。ある時、母が自宅に占いもできるという印鑑屋のおじさんを呼んできました。私は家族の言うことより占い師の言うことばかり聞く母が嫌で、その人の話しも聞きたくなかったのですが、とても当たると有名な占い師だからぜひ見てもらえと息巻く母に家族の誰も反対できませんでした。
その占い師のおじさんは、名前の画数はもちろんのこと、生年月日、人相、手相も見て総合判断して印鑑の字体と材質を考えると言いました。おじさんは母の人相や手相をしげしげと眺めた後、おもむろに母に向かって「実質あなたがこの家の家長ですね。この家はあなたで持っている。ご主人よりずっと運気が強いから、印鑑でバランスを取る必要がある。ぜひ象牙で男性の使うフルネームの印鑑を二本持ちなさい。」と言いました。母は貧乏な田舎の子だくさん家庭出身で、一回りも年上の父の家に後妻として嫁いできた身です。父の家は代々家業を行い裕福でしたが、父は気の弱い人でいつも年の離れた勝気な母に怒られてばかりでした。今は母もその事業に携わっており、いつも「私のおかげでこの家は持ってるんだ」と口癖のように言っていました。それを、この占い師のおじさんは人相や口ぶり、夫婦の雰囲気などから見抜いた様です。
母はその占い結果を聞くと私と父に向ってほら見たかと言わんばかりの顔をして「フルネームで象牙の印鑑を作る」と即答しました。そして占いのおじさんは今度は父を鑑定し「あなたは男性でも女性の運気を持っている。印鑑の材質は象牙が良いが、字体は名前のみの印で二本持ちなさい。」と言いました。私には「あなたは女性らしく印一本でいい。ただし材質は象牙がいい。」弟には「男らしい大きな印で銀行員と二本持ちなさい。」と結局全員に象牙の印鑑を作るように提案してきました。象牙は入手が難しくなっておりこれからは手に入らなくなる。しかし印材としては最高で、朱肉の赤が印に染み込んで印に血が通い運勢もどんどん良くなると力説します。家族で合計7本、印鑑一本が7万円という金額で合計49万円!さすがに家族全員で大反対しましたが母は全く聞く耳を持たず、結局立派すぎる印鑑を高校生でもたされる羽目になったのです。
あのおじさんは占いというより、母の性格と家族の力関係をよく見抜いていたと思います。生まれの差で悔しい思いをし、お坊ちゃん育ちな父に勝ちたくてたまらない母、それでいて自信が無くて自分で判断できず他人の意見をすぐ信じてしまう母。この母の特性を一瞬で見抜き、見事高額な印鑑を売りつけることに成功したのです。
2年後、その占い師のおじさんが60代で病死したと聞きました。あんなに立派な印鑑で運気の向上をはかっていたはずなのに、結局ハンコじゃ運勢は変えられないんじゃないかと思った出来事でした。